金 言 主をほめたたえよ。わが魂よ、主をほめたたえよ。
わたしは生けるかぎりは主をほめたたえ、ながらえる間は、
わが神をほめうたおう。(詩篇146:1~2)

説教題 「生ける限り主をたたえて」
聖 書 詩篇146篇1~10節
説教者 長谷部 裕子 師

新年礼拝にふさわしい聖書を祈って探していて、わたしたちクリスチャンの特権は何と言っても、「生ける限り主を賛美すること」に尽きるのではないかなぁと思わされて、詩篇146篇を選びました。この詩篇の記者に「あなたが365日毎日、いつでも、やりたいことは何ですか?」と尋ねたら、この方は迷うことなく主を賛美することですと、笑顔で答えるでしょう。口語訳ではわかりづらいですが、146篇から150篇までの5つの詩篇は、新改訳2017と聖書協会共同訳では始めと終わりの節で「ハレルヤ」と叫んでいます。それ故にこれらの5つの詩篇はハレルヤ詩篇と呼ばれています。ハレルヤの意味はもちろんご存知でしょうが「主(ヤハ)を賛美せよ」という意味のヘブライ語の合言葉です。

1.「ハレルヤ」と賛美できるわけ

昨年、一年はコロナ旋風が全世界に吹き荒れて、目に見えないけれどその破壊的な力と感染力を持つ新型ウィルスの脅威におびえて、マスクと消毒液に囲まれた窮屈な生活を強いられた日々でした。トップニュースはいつもその日のコロナの動向で、感染拡大は世界的な恐慌をもたらしました。そして未だその流行の兆しは衰えず悪戦苦闘しています。わたしたちは、この先行き不透明な年頭を迎えても、なおもいつでもどこでも「ハレルヤ」と神様を賛美して感謝し続けることができるのは、なぜでしょうか。それは「神の愛」(ローマ8:39)を知って信じ、コロナ禍でもあらゆる場合に「神の豊かな恵み」(哀歌3:22~23)を感じ、身体的な生命を越えた「神の本物のいのち」に生かされ、不安の余り心が萎えそうになりながらも「神の偉大な力」(エペソ6:10)に支えられ、イエス・キリストの十字架と復活による神の救いの喜びが心に迫ってくるからでしょう。だから「ハレルヤ」と叫ぶのです。

2.「ハレルヤ」と賛美すると

 第一に神様が喜んでくださいます。神様はわたしたち神の聖なる民が感謝して「ハレルヤ」と神を賛美するとき、それをご覧になられて喜んでくださいます。たとえあなたがさして善行や親切を思ったようにできなかった平凡な一日でも、ハレルヤと天を見上げて神を賛美してはいかがでしょうか。なぜならわたしたちの造り主であられる神様を喜ばせることこそ、人としての最大の使命だからです。
 第二に自分を励まし晴れやかな心を、取り戻すきっかけが生み出されます。いやなことで気持ちが沈んで心が凹んでいる一日でも、ただ心を込めて「ハレルヤ」と神を賛美するとき、気持ちは新たにされます。神様を喜び賛美できることは神の民の特権です。ハレルヤと言ってみると、取るに足りないわたしでも、自分が神の選びの民なのだと得心できるでしょう。
 第三に、あなたのくちびるにいつも賛美があって、いつも神様を喜びたたえているあなたの姿を見る人の心も晴れやかにします。(Ⅰテサロニケ5:16~18)世界が平和になっていくには課題が山積みです。しかし最初の一歩は、隣にいる人との融和から始まると言っても過言ではないでしょう。神様をほめたたえることから、わたしたちは今日それを始められるのです。