聖 句 「彼らはみな、女たちとイエスの母マリア、およびイエスの兄弟たちとともに、いつも心を一つにして祈っていた。」 (使徒の働き1:14)
今年は5月24日が教会のカレンダーではペンテコステ(聖霊降臨日)です。今朝は神の聖霊が初代教会に最初に臨まれる直前の弟子達に注目します。
1.心を合わせて祈った多様な弟子達(1・12~14)
弟子たちはイエス様が約束しておられた聖霊(1・4、8)を「共にいつも心を一つにして祈る」ことをもって祈り求める事をもって待ち望みました(1・14)。この祈りは初代教会の働きの根底にいつも脈々と流れていました(使徒2・42、4・29~31、12・5、14・23、16・25、20・36等)。一方、主イエスの弟子たちを代表していた11使徒は多様でした(12)。彼らは競い合うことがしばしばで(マルコ10・35~45)、これまで心を合わせて祈る姿は見当たりません。頼みの主イエス様が目に見えなくなった今、彼らは分裂してもおかしくありませんでした。また男女の様々な違いもあったでしょう。しかしここでは様々な違いがあるにもかかわらず、彼らは共にいつも心を一つにして祈ったのです。
彼らを一つにしていたのが主イエス様です。復活の主イエスが弟子達に関わり、散らされていた弟子たちを召し集めました。見えなくともイエス様が確かに共におられました(マタイ28・20)。またイエス様から学んだ主の愛の教えと模範がありました(ヨハネ13・4、5、34~35)。主の聖霊の約束 (使徒1・4,5,8)がありました。「父の約束」である「聖霊のバプテスマ」、すなわち聖霊の満たしです(エペソ5・18)。彼らはこれらのイエス様の約束を信じて祈り求め続けました。このキリストを信じ続ける教会の祈りは、教会の生命線のように今日も続いています。
2.主の御言葉を信じて聖霊を祈り求めた弟子達(1・4,5,8,ルカ11・5~13)
教会はいつも必要なものを抱えています。そもそも人間は神を必要としています。しかし主が「求めなさい。そうすれば与えられます。…天の父はご自分に求める者たちに聖霊を与えてくださいます」(ルカ11・9~13)とおっしゃって下さっています。全知全能で、全き愛で最善をなされる主なる神が必要を最善に満たして下さるどころか、ご聖霊によってご自身が今も一緒に行って下さるのです。私たちから見たら様々に問題が横たわっているように見えても、主が一緒に行って下さるのですから、もはや私たちが思い煩う必要はないのです。主を信頼して、信仰によって先取りして喜び、感謝し、平安の中に生かされたらよいのです。
主に信頼し明け渡す中で、主は聖霊によってイエス様が目に見えて共におられた時よりも近く、私たちの心の真ん中にまで来て下さり、私たちの心の隅々にまで聖霊が満ちあふれて下さるのです。そこには神の平安が満ちるのです。それが神の約束です(ピリピ4・6~8)。私たちは主を信じて、主と結ばれて、主に祈り求める中で喜びと感謝の生活をする事ができるのです(Ⅰテサロニケ5・16~18)。
弟子たちはイエス様が命じられるとおりに、エルサレムという逃げ出したい場所において共に心を合わせて祈り、約束の聖霊を祈り待ち臨みました。私たちも日々、主に置かれたところ、主に遣わされている生活の現場で、時に状況が思わしくないと思われたとしても、それぞれなすべき生活をしながらも、主イエス様を信頼し続けて、約束の聖霊に満たされて生きる事を祈り求め続けましょう。
この聖霊のみが人々を回心に導き、全ききよめ(罪を排除し、成長成熟し続ける全き愛の信仰生涯)へと導き、教会を建て上げる唯一の力です(使徒1・8、エペソ5・18)。その特質は愛、喜び、平安(平和)…です(ガラ5・22~25)。
夫婦を親子を家族を教会を、人々を生かし保ち、救い、真に幸福にするのは聖霊の神の御業で、全てが聖霊の恵みです。災害、異端、戦争の影響等による困難な時代だからこそ、改めて私達は聖霊の神様に信頼し、聖霊の満たし、聖霊の御業を祈り求め続け、主を信じてお従いして参りましょう。そこに素晴らしい神の御業がなされ神の愛の実が結ばれ証がされます。試練の中でも私たち教会はキリストを信じ、集まっても離れていても共に心合わせて主に祈り求め続けましょう。
【祈り】天の父なる神様。私たちに救い主イエス様をお遣わし下さり、イエス様を信じる者に主の聖霊をお与え下さり感謝致します。聖霊に満たし続けて下さい。
