聖 句 「神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どれほど偉大なものであるかを、知ることができますように」(エペソ1・19)

1.聖霊の働きを求める祈りと聖霊の働き (15~19)

使徒パウロは主の備えたもう豊かな祝福を示し神を賛美しつつ、愛するエペソの教会のために祈ります。「こういうわけで私も、主イエスに対するあなたがたの信仰と、すべての聖徒に対する愛を聞いているので、祈るときには、あなたがたのことを思い、絶えず感謝しています。」(15~16)。主への感謝ととりなしの祈り。とりなしはキリストの心(ルカ22・31~32、ローマ8・34)です。

パウロの祈りがさらに記されます(17~19)。まず17節。「どうか、私たちの主イエス・キリストの神、栄光の父が、神を知るための知恵と啓示の御霊を、あなたがたに与えてくださいますように。。祈る対象は「私たちの主イエス・キリストの神、栄光の父」です。「神を知るための知恵と啓示の御霊」とあります。エペソの兄弟姉妹がさらに神ご自身を知るために聖霊の神様の御業を祈り求めています。さらに18~19節。また、あなたがたの心の目がはっきり見えるようになって、神の召しにより与えられる望みがどのようなものか、聖徒たちが受け継ぐものがどれほど栄光に富んだものか、また、神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どれほど偉大なものであるかを、知ることができますように。ここでも聖霊によって心の目がはっきりと見えるようになる事を祈ります。具体的には神の召しにより与えられる望みがどのようなものか」、「聖徒たちが受け継ぐものがどれほど栄光に富んだものか」、「神の大能の力の働きによって私たち信じる者に働く神のすぐれた力が、どれほど偉大なものであるかについて知るようにとの祈りです。同時に使徒パウロはこの手紙を聖霊に導かれて書き送っています。ですから私たちも神に「心の目がはっきりと見えるように」と祈りつつ聖書を学び、父なる神様が主イエス・キリストにあって豊かな希望と栄光の富と絶大な神の力を備えて下さっている事を確認して信じて参りましょう。そして未信者の方のためにも祈りつつ伝道しましょう。

2.かしらであるキリストとそのからだである教会 (20~23)

さて20~21節。この大能の力を神はキリストのうちに働かせて、キリストを死者の中からよみがえらせ、天上でご自分の右の座に着かせて、すべての支配、権威、権力、主権の上に、また、今の世だけでなく、次に来る世においても、となえられるすべての名の上に置かれました。とあります。神の独り子イエス・キリストを死からよみがえらせたのは、全知全能の父なる神様による先の「大能の力」によるのです(この神の「大能の力」は主を信じる者にも働くのです!)。さらに父なる神は御子イエス・キリストに天と地の一切の権威を授けてご自分の右の座に着かせられました。この主イエス・キリスト様のみが教会の唯一のかしらなのです。22~23節。また、神はすべてのものをキリストの足の下に従わせ、キリストを、すべてのものの上に立つかしらとして教会に与えられました。教会はキリストのからだであり、すべてのものをすべてのもので満たす方が満ちておられるところです。。教会はこの主イエス・キリスト様と一つの「からだ」です。教会はこの神の御子イエス・キリストにあって、神の恩恵と祝福、さらには神ご自身が満ちておられるところなのです。

主イエス・キリストを信じて、このお方と結び合された者同士はこのキリストのからだです。教会とはイエス・キリストをかしらとする、信仰によってキリストと結び合されたクリスチャンたちの事です。クリスチャンはイエス・キリストにあって一つのからだであり、主イエス・キリストにあって、一つの「公同の教会」です。そしてキリストに召されたクリスチャンは、このキリストのからだの一部として目に見える形で、それぞれの地域教会にて共に信仰生活を送るように導かれています。世界の主の公同教会の一員であることを意識しつつ、お互いの属する地域教会、さらには他の地域教会のため、主なる神様にとりなし祈り合いながら、共に感謝と喜びの賛美を神に捧げながら、主を信じる者に働く神のすぐれた大能の力により、主と共に、主の良き働きを共に進めさせて頂きましょう。

(祈り)天の父なる神様。私たちがますます主を親しく知り、未信者の方々が主を知って信じて救われますように、聖霊によって教え導いて下さい。アーメン。