聖 句 「しかし、かつては遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近い者となりました。実に、キリストこそ私たちの平和です。・・・」(エペソ2:13,14前半)

続いてエペソ人への手紙を見ます。今日の聖書箇所は主に異邦人クリスチャンに向けて語られています。異邦人クリスチャンは、神の選民ユダヤ人とは全く違う環境からクリスチャンになりました。そのため異邦人クリスチャンの中には、「自分達はよそ者でお客さん」と感じていた人もいたでしょう。一方、ユダヤ人クリスチャンの中には異邦人クリスチャンを見下してしまっていた人もいたと思います。使徒パウロは、そんな異邦人クリスチャンの立場や気持ちや引け目に気づいていたのでしょう。彼は聖霊に導かれつつ、その事について書き送ります。

2章8節には「この恵みのゆえに、あなたがたは信仰によって救われたのです。それはあなたがたから出たことではなく、神の賜物です。」とありました。ユダヤ人クリスチャンも異邦人クリスチャンも、ただ神の恵みにより、共通の救い主イエス・キリストへの信仰を通して、共通の救いを受けました。この下地を整えてからパウロは異邦人クリスチャンたちに焦点を絞ってさらに語りかけます。

1.イエス・キリストを信じる前の異邦人(ユダヤ人以外の人)の状態(11~12節)

ですから、思い出してください。あなたがたはかつて、肉においては異邦人でした。…そのころは、キリストから遠く離れ、イスラエルの民から除外され、約束の契約については他国人で、この世にあって望みもなく、神もない者たちでした。異邦人は神の選民ユダヤ人のようには唯一真の神を知らない者でした。

2.キリストこそ私たちの平和(13~18節)

しかし、13節。「しかし、かつては遠く離れていたあなたがたも、今ではキリスト・イエスにあって、キリストの血によって近い者となりました。」(13)。異邦人も主イエス様を信じて結ばれる事で神の民に加えられ、選民ユダヤ人クリスチャンと同じく神の民にされたのです!さらに14~17節。実に、キリストこそ私たちの平和です。キリストは私たち二つのものを一つにし、ご自分の肉において、隔ての壁である敵意を打ち壊し、様々な規定から成る戒めの律法を廃棄されました。こうしてキリストは、この二つをご自分において新しい一人の人に造り上げて平和を実現し、二つのものを一つのからだとして、十字架によって神と和解させ、敵意を十字架によって滅ぼされました。また、キリストは来て、遠くにいたあなたがたに平和を、また近くにいた人々にも平和を、福音として伝えられました。」。すなわちイエス様は十字架により選民ユダヤ人と異邦人とを隔てていた敵意の壁(14)を取り除きます。異邦人をユダヤ人と隔てていた律法の誤った解釈からか、ユダヤ人は異邦人を敵視していました。しかし主イエス様が十字架の死によって自ら父なる神への、全人類の罪のための贖いの供え物となって下さり、全人類への神の怒りの刑罰を身代わりに受け、全ての人の罪を背負って身代わりに死ぬ事で律法を成就下さいました。それにより誰でもイエス様を信じるなら恵みにより罪赦され、きよめられ、救われるのです。キリストの十字架によりユダヤ人と異邦人の隔ての壁は除かれ、敵意の壁の根拠も除かれたのです。

この事はこのユダヤ人と異邦人をイエス・キリストにあって「一人の新しい人(民)」に創造し平和を実現するためです(15)。十字架によって神へ人の敵意とユダヤ人異邦人間の敵意はキリストと共に十字架において滅ぼされ(16)、両者を神と和解しました。キリストご自身こそ神と人、人と人との間の、神の平和そのものです(14)!ですから18節。「このキリストを通して、私たち二つのものが、一つの御霊によって御父に近づくことができるのです。」。主イエス様はご自身によって結ばれた異邦人クリスチャンとユダヤ人クリスチャンという「一人の人(民)」をまるで花嫁を父親に紹介する花婿の様に、聖なる父なる神様の御前に導かれます。罪人は本来、神の前に出るのは不可能ですが、主イエス・キリストの十字架の血潮による贖いのゆえに、聖霊によって、父なる神様の御側に導かれます。それはユダヤ人クリスチャンも異邦人クリスチャンも同じです。

(祈り)天の父なる神様。滅びて当然の私をも愛して、主イエスを信じて結ばれたゆえに父なる神の御前に出られる事を感謝します。イエス様によって、アーメン。