聖 句 「私たちはこのキリストにあって、キリストに対する信仰により、確信をもって大胆に神に近づくことができます。ですから、私があなたがたのために苦難にあっていることで、落胆することのないようお願いします。」(エペソ3章12~13節)
使徒パウロは異邦人にイエス・キリストという福音を宣伝していたために、イエス・キリストを信じないユダヤ人たちからの迫害を受け、さらに誤解も相まって逮捕され、裁判沙汰になりました。そして使徒パウロはローマ皇帝に上訴したため、ローマに護送され、ローマで鎖につながれていたのでした。使徒パウロは異邦人へのキリスト宣教の故に囚人となりながらも(3・1,6・20)、この手紙を書いたのでした。それは信者さん達を励ますためでした。
1.キリストの測り知れない富を福音として宣教し続けるパウロ(8~11)
8節。「すべての聖徒たちのうちで最も小さな私に、この恵みが与えられたのは、キリストの測り知れない富を福音として異邦人に宣べ伝えるためであり」とあります。この「最も小さな」とはパウロの造語で「最も小さい者よりもさらに小さい者」という意味の言葉です。かつて教会を迫害し、忠実な信仰者ステパノ殺害に賛成の意を表してしまったパウロ。にもかかわらず、神は主イエス・キリストの十字架による救いの恵みをパウロにお与え下さり、パウロは主イエス様への信仰によってその罪を赦して頂き、義と認めて頂きました。その絶大な神の恩恵の故に、神に対して謙遜の限りを尽くさずにはおれないパウロの心境がこの「最も小さな私」に現れているようです。さらには、そんな「最も小さな」パウロを選んで、異邦人のために、キリストの測り知れない富を福音として宣べ伝える「使徒」という使命を任された主なる神様の計り知れない恵みに、パウロは圧倒されているのです。また、パウロが弱い時こそ、主の恵みと力が大いに現わされます(Ⅱコリ12・9~10)。
さらに9節。「また、万物を創造した神のうちに世々隠されていた奥義の実現がどのようなものなのかを、すべての人に明らかにするためです。」。ここにはキリストの福音が万物を創造された時にはすでに神のうちに秘められていたという奥義であり、全ての人に明らかにされるべき事が記されています。10節。「これは、今、天上にある支配と権威に、教会を通して神のきわめて豊かな知恵が知らされるためであり」。「天上にある支配と権威」とは天使たち。神は教会を通して、天と地においてご自身の栄光を現わされます。何という光栄でしょう。そしてこれらの事は11節にあるように「私たちの主キリスト・イエスにおいて成し遂げられた、永遠のご計画によるもの」で、パウロの思い付きではなく、永遠の神ご自身のご計画によるものであり、すでに「私たちの主キリスト・イエスにおいて成し遂げられた」のです。
2.苦難にあっても落胆しないでよい理由(12~13)
ですから、12節。「私たちはこのキリストにあって、キリストに対する信仰により、確信をもって大胆に神に近づくことができます。」。宗教改革者のJ・カルヴァンは次のように書きます。「まず、われわれが神の約束を信ずる。続いて、その結果として確信を抱き、心に平安を得る。そこから大胆さが生まれ、それが恐れを全く去って、われわれをして大胆に、絶えず、神に向かわしめる」。信頼に足るキリストの故に、キリストに信頼して結びついているからこそ、確信をもって神に喜んで大胆にお近づきできる。ですから13節。「ですから、私があなたがたのために苦難にあっていることで、落胆することのないようお願いします。」。何とパウロは自分が様々な苦難を受けているにもかかわらず、自分の事で落胆しないでと願っています。キリストが教会の土台だからです。さらに「私が受けている苦難は、あなたがたの栄光なのです。」と続け、異邦人宣教ゆえに受ける使徒パウロの苦難は、それほどまでにパウロとパウロを用いる神様が異邦人を愛している事を示すのです。また、クリスチャンの苦難と弱さのある時にこそ、共にいて下さる主なる神がそこに大いに働き、さらに主の知恵や力ががぜん現わされる事にもなるからです。
(祈り)主なる神様。私たちはどんな試練の中でも実は失望落胆する必要はなく、主イエス様への信仰により、あなたに向かって大胆に喜びと確信をもってお近づきできる尊い恵みを感謝致します。イエス様によって、アーメン。
