聖 句「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された。それは御子を信じる者が、一人として滅びることなく、永遠のいのちを持つためである。」   (ヨハネ3:16)

説教題 「最高のプレゼント」
聖 書 ヨハネの福音書3章16節
説教者 栗本高仁師

 私たちはクリスマスにおいて、プレゼントを贈り合ったり、美味しいものを食べたりして、ともに喜び祝うひと時を過ごします。しかし、なぜ毎年のクリスマスをそのように過ごすのでしょうか。クリスマスとは、一体何の日なのでしょうか。それは一言でいうならば「神様が私たちに最高のプレゼントを贈ってくださった日」です。

1)ひとり子を与えてくださった

 その最高のプレゼントとは何でしょうか。それが、今日の聖書のことばに書かれています。「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された」とあります(16節前半)。神様が私たちにくださったプレゼントとは、物でもお金でも、はたまた能力や健康でもなく、神様の「ひとり子」でした。その「ひとり子」というのが、皆さんもご存知の「イエス・キリスト」であったのです。
 なぜ、それが「最高のプレゼント」と言えるでしょうか。実は、注意深く聖書を読むとそのことが示されています。「ひとり子」であるということは、「唯一の子」「オンリーワンの存在」という意味です。つまり、「イエス・キリスト」は、神様にとって決して代えのきかない、最も大切な存在であったのです。それゆえに「最高のプレゼント」と言えるのです。
 クリスマスは、神様がご自身にとって最も大切なものを私たちに与えてくださった、驚くべき日であることを覚えさせていただきましょう。

2)私たちにいのちを与えるために

 神様が「最高のプレゼント」である「イエス・キリスト」を私たちのために贈ってくださったのには、目的がありました。それは「御子(=イエス・キリスト)を信じる者がひとりも滅びないで、永遠のいのちを得るためであ」ります(16節後半)。
 これはどういうことでしょうか。このことばには、一つの前提があります。それは、この世界とそこで生きる私たち人間は、何もしないでいれば滅びに向かっているという事実です。それは、この世界には、私たちの人間の罪が満ちあふれているためです。単に法律違反するということではありません。すべての根源である神様から離れて生きること、それが罪の本質であると聖書は言います。そのいのちの根源である方を知らずに、離れて生きる時、私たちは滅びに向かってしまうのです。
 しかし、神様はそのような私たちを放ってはおかれませんでした。神様は、誰ひとり滅んでほしくないと思われたのです。そして、罪のゆえに滅びに向かうすべての人を救い出すために、たった一つの方法を取られたのです。それが、愛するひとり子のいのちを犠牲にするという方法です。まさに、それが十字架の出来事です。つまり、イエス・キリストを私たちに贈ったというのは、私たちにいのちを与えるために彼を犠牲にささげたということであったのです。

3)はかり知ることのできない神の愛

 ここに、私たち一人ひとりに対する神様の至高の愛が表されているのです。まさに「神は、実に、そのひとり子をお与えになったほどに世を愛された」とある通りです。たとえどんな理由であっても、愛するわが子を犠牲にすることなど私たちには絶対にできません。しかし、その到底できないようなことを、神様は私たちにしてくださったのです。それほどまでに、神様は私たちのことを真剣に考え、本気で愛してくださったのです。
 今日来られているお一人おひとりは、それほどまでに愛されている存在なのです。神様の最も大切な存在である「ひとり子」が与えられるほどに、あなたは愛されているのです。クリスマスとは、そのはかり知ることのできない神の愛が表された日なのです。
 私たちは、この神様の愛をどのように受けとめているでしょうか。ここまでしてくださった神様を私たちは無視して生きていないでしょうか。どうぞ、このクリスマス、最高のプレゼントであるイエス様を受け取っていただきたいのです。そして、そのプレゼントを与えてくださった神様に信頼して生きていこうではありませんか。